昔もこのタイトルで記事を書いた記憶がありますが。。。
ツァイガルニク効果とは、心理学で「未完了のままの目標の方が達成された課題よりも想起されやすく、記憶に残りやすい」効果のことを言います。
さて、この定義でいくと達成したと思える課題については想起されにくく、また忘却も早いというわけですが、渡英して以来面白いことが自分の中で起こってます。


大学院生をしてると、自身で課題なり研究なりをすることがほとんどで、授業自体はそんなに多くありません。バイトもサークル活動もしていないので、自分と向き合う時間が必然的に増えてます。
そんな時に色々と自分の人生をふと振り返ったりしちゃうのはきっと僕だけではないと思います。

僕は人生に後悔ってほぼないって言ってきたし、実際そう思ってました。
その時々で楽しいと思えることを楽しくやってきたんではと思っていましたし、今も思ってます。

でも、30歳を超えて振り返ってみると、当時は満足していたことも存外にもっとできたのでは。とか、もっとこうしていれば。とか、あれは間違っていたなぁ。とか思うことが多々出てきました。

以前の人生を満足だと評価していた頃よりも知見が広がり、人生経験も増えたことできっと自身に対して求められるレベルが上がっているという事もあるでしょうが、なんだか、あの頃は若くてひとりよがりだったなーと反省することの方が多いです。
今ならもっとこうできるのにって思うのはきっと後悔でしょう。

同じく心理学者のヘミングウェイは記憶について忘却曲線というグラフに表しています。
それによると、新たな記憶は1日のうちに急激に失われてしまいますが、その後に残ったものは比較的緩やかに失われていくとしています。 
2人の心理学者の考えと今の僕の状況をまとめると、今でも記憶に残っている事象が新たに未完了の課題になってしまったっということは、この思いはもう消えないってことになります。 

この後悔と言える思いがずっと消えないってのは困るので、もし今後似た場面に遭遇した際にこの思いをもとに今までとは違う行動を取れればなーと思うわけです。
同じ状況は2度とないですが、それでも後悔が次に活かされたのであれば、きっと課題は克服されたと見れると思います。確かフロイトがその過程を置換だか代償だか昇華だかと呼んでたはずですが、ちょいと忘れました。

あ、今調べたら置換ですね。人の防衛機制の1つでした。勉強したことも使わないと忘れるもんです。
でも学術と実生活が結びついてる今の大学生活は楽しいですし、大人になるってこともいいですね。

結局何の話だよって話ですが。
まー徒然なるままにってことで。